私のあしながおじさん(10)
1920年代のアメリカ。孤児院で育った少女、ジュディ・アボットは、匿名の後見人“あしながおじさん”の援助でハイスクールに進学できることになる。友情や恋を知り、自らのアイデンティティを探し求めながら成長していく少女を描いた、ウェブスターの有名な原作のアニメ化。1990年放送の「世界名作劇場」第16作目だ。
ジュディはある縁からジャービスという裕福な青年と知り合い、彼の「お金持ち」らしからぬ大らかな性格に好意を抱くようになる。淡い恋心はやがて愛へと変わるが、ジュディは自らの生い立ちをジャービスに告げることが出来ず、ジャービスにもジュディに言えない秘密があった…。2人の思いが交錯する後半は、下手な昼メロ真っ青の盛り上がりを見せ、その“ロマンス度”は「世界名作劇場」シリーズ中ピカイチ。
とは言え、物語はあくまでジュディの「自らの生い立ちへのコンプレックスを克服する過程」に重心を置く。ジュディの自立への焦りも丁寧に描かれ、自分の思春期と重ね合わせる人も多いのではなかろうか。まるで自分が“あしながおじさん”となって、感受性豊かな少女の成長を見守ったかのような、そんな気持ちにさせてくれるみずみずしい青春物語である。(安川正吾)
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泣きながら学校へ…
小学校の時に、朝の再放送で初めてこの作品をみて、大好きになってからずっと心に残っていたアニメでした。ジュディーが卒業式で演説した放送日に泣きながら学校へ行ったのを思い出して、なんだか赤面してしまいました。(笑) 俺もいつか自分の子供に見せたいと思います。
毎日見ています。
「私のあしながおじさん」は世界名作史上に残る異端作だと思っています。
考えられないほどハチャメチャなコメディベース、笑ってしまう名作劇場なんて初めて・・・。
それなのにこれまでにないほどに深くて難しい問題を扱っている…。孤児であること…偏見、劣等感、親子の問題、相手を受け入れる
こと…笑いながら、心に沁み込んでくる深さ、私は大好きです。
そして、後半では名作劇場史上唯一の恋愛劇。折角大成功したコメディベースの路線を捨ててまでのこのどろどろ具合は
何なのだ?と微妙といえば微妙でもあります。
でも、この最終巻のジュディの卒業式の演説を聞いて、全てが氷解した気がします。
「家族で見る世界名作劇場」なのにあそこまでドロドロにしたのはジュディの人間としての成長を見せるため、
劣等感を克服するための人間としての経験だったんだと。この主人公の変化は人間としての豊かな成長なのだと感じました。
全てはこの演説に通ずるため…。
壊れた友情、憎しみを扱った「わたしのアンネット」に次ぐ、深いテーマを扱った作品ながら、上手に単純化した脚本で
1人の人間の成長を温かく見守ったこの作品は本当に名作だと思います。「偏見」を受けるもの、持つもの、「劣等感」を
持つものとして、少しでも気をつけられるように、と毎朝ジュディの卒業式の演説を見てから気合を入れて外出しています。
かなり変人ですが・・・。
ジュティ、ジャービス いつまでも いつまでも幸せに・・・。
”あしながおじさん”は、原作ももちろん読んでいますが、このアニメ版”私のあしながおじさん”は、原作にジュティの生い立ちへの苦悩や、ジャービス(あしながおじさま)との恋の行方も絡ませて、原作とはまた違った、すてきな作品になっています。
特にこの10巻では、原作にはないジュディの過去(孤児院出身)との決別、そして、ジャービスの一人の男性としての自分と”あしながおじさん”である自分の、ジュディへの愛の苦悩など描かれており、子供たちだけでなく大人も楽しめる作品となっています。
お母さん、昔のころの自分を思い出して、お子さんといっしょにごらんになってはいかがですか?
